フェニックスの日記(まとめて一括表示 / 5ページ目) - 『闘病ログ』 ~ 病気に関するブログ集めました ~

5ヶ月前に更新 / 68件
フェニックスの日記

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年齢 / 性別

42歳 / 男性

闘病期間

0歳~

病名

両大血管右室始起症
肺動脈狭窄
大血管転位
発作性上室性頻拍
心房粗細動
洞機能不全症群
蛋白漏出性胃腸症

ブログの説明

成人先天性心疾患(両大血管右室起始)で、不惑の歳にフォンタン手術・TCPCコンバージョンを受けたフェニックスの日記です。

ブログのURL

http://ameblo.jp/fenix1976

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S病院について(病院スタッフ 編)

どうも、フェニックスです。

S病院について、一番大事な病院スタッフについて書こうと思います。


以前のブログを読んで下さった皆様には繰り返しになってしまいますが、S病院は医師・看護師・看護助手・病棟事務・臨床検査技師・理学療法士・ソーシャルワーカーなど、多くの方がフェニックスの命を救い、回復をサポートいただきました。



医師だけでも、手術執刀や手術後の消毒・抜粋をする心臓血管外科、手術前後で身体の状態を管理する麻酔科、ペースメーカを中心とする循環器内科、病棟担当医や相談される先生がいらっしゃる循環器小児科…と多くの先生方が関わって下さり、フェニックスの知らないところでのカンファレンスを含めると、本当に多くの先生方に命を救われたと思っています。

看護師の方や他の病院スタッフ含め、まさにチーム医療です。



マネジメントの父とも言われるP.F.ドラッカーは、彼の著書で、病院や外科チームのことを例として多く書かれています。「マネジメント 課題・責任・実践」の最終章には、「組織は、人の強みを生産的なものにする。組織は、個としての人間一人ひとりに貢献を行わせ、自己実現させるための手段なのである」とあります。
「S病院について(病院スタッフ 編)」の添付画像(1)

S病院は、本当にマネジメントされた組織だと思います。実際には大変なことの方が多く、それ程きれいな話ではないことも理解しています。

ただ、この病院で入院・手術を受けられたことは、患者として本当に良かったと思っています。


それでは、また。
引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12156033394.html

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S病院について(患者への説明 編)

どうも、フェニックスです。

S病院は、患者への説明も丁寧でした。前に書いたように、執刀医や麻酔科医の先生の手術事前説明や、病棟担当医の先生の毎日の病状確認の時に、フェニックスや家族の様々な質問に答えてくださいました。また、看護師の方もいろいろ教えてくださいました。

それとは別に、患者が自分の状況を理解できるような用意もありました。


一つ目は、各自のベッド横にある台についているテレビ画面で、患者がいつでも自分の予定や服用している薬を確認することができます。病院内ネットワーク(院内LANのようなもの)が構築されていて、患者はその一部を見ることができます。
「S病院について(患者への説明 編)」の添付画像(1)

「S病院について(患者への説明 編)」の添付画像(2)


ふたつ目は、パンフレットです。

手術案内のパンフレットでは、手術から回復までの流れの説明が書かれていました。手術直後に咳やくしゃみをすると傷が痛むので胸の傷口を手で押さえながら咳やくしゃみをすることや、痰を出す練習を手術前にしておくことなどは、特に役立ちました。
「S病院について(患者への説明 編)」の添付画像(3)

心不全パンフレットは退院予定日が決まってから渡していただいたのですが、退院後の自宅での過ごし方やリハビリについて書いてありました。前に書いたMETs(メッツ 酸素摂取量)の説明も心不全パンフレットに載っていました。
「S病院について(患者への説明 編)」の添付画像(4)

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155869076.html

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S病院について(病院食 編)

どうも、フェニックスです。

続いては、S病院の病院食についてです。

子どものころから入院してきたフェニックスにとっては、最近の病院食は美味しくなったと感じます。S病院の一般食では、一日2,000キロカロリー、塩分8グラムで作られていると、管理栄養士の方から伺いました。


朝食は、パン・副菜1品・フルーツ・牛乳の日が多かったです。
「S病院について(病院食 編)」の添付画像(1)


昼食は、ご飯・主菜・副菜2品で、汁物やフルーツが付く日もありました。また、時々、蕎麦なども出ました。写真は、珍しく、鮭のちらし寿司が出た時のものです。
「S病院について(病院食 編)」の添付画像(2)


夕食は、昼食同様、ご飯・主菜・副菜2品で、汁物やフルーツ付く日もありました。主菜は、肉はチキンが多く、肉と魚は半々でした。元々チキンは好きだったので、薄味ながら美味しく食べられました。一方で、ご飯の量は多く(250グラム)、海苔やふりかけも使って食べたのですが、いつも1/3から半分くらいは残してしまいました。
「S病院について(病院食 編)」の添付画像(3)

「S病院について(病院食 編)」の添付画像(4)


S病院について、次回ももう少し書きたいと思います。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155854880.html

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S病院について(建物・設備 編)

どうも、フェニックスです。

今日は、フェニックスがTCPC手術を受けたS病院について書いてみようと思います。
まずは、建物や院内の設備などのハード編です。医療器機については、素人は分かりませんので、あくまで患者として知った部分です。


四階は中央ステーションが真ん中にあり、それを取り囲むように3つの病棟と総合救急がありました。そして、内回りを一周すると100メートル、外回りを一周すると200メートルあるそうです。(写真の青線が内回り、赤線が外回りです)。リハビリの病棟散歩での距離は、これを目安に測っていました。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(1)


談話スペースは一面がガラスになっていて、晴れた日は光が差し込み明るかったです。曇天で、あまり明るくない写真になってしまいました(泣)。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(2)

談話スペースの机には、小さなお花もあって、癒されました。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(3)

建造中の屋内競技場も見える談話スペースもありました。今度は晴れた日の写真です!!
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(4)

談話スペースには給茶器があり、患者はポットに入れて病室まで持って帰れます。もちろん、面会の方も使えます。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(5)

なんと、図書貸し出しサービスまでありました。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(6)

コイン式の洗濯機・乾燥機も、四階に2台づつありました。シャワーやお風呂に入った後は、タオルや下着を家族に洗濯・乾燥してもらっていました。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(7)


一階には外来やリハビリ室、売店があるのですが、心臓手術の歴史的な医療器機も展示してあります。

写真は、1962年にメキシコ市開催の第4回世界心臓学会に展示された「遠心型人工肺搭載 人工心肺装置」だそうです。
「S病院について(建物・設備 編)」の添付画像(8)

フェニックスの執刀して下さった先生が開発された人工心肺「コンポーネントシステムⅢ型人工心肺装置 スケルトンタイプ」の写真も展示してありました。操作部とベース部(電源部、制御部)を完全に区別することで、操作部の軽量化・自由度が増し、移動やセッティングが容易になったそうです。また、視認性が広がり安全性の確認が高まったとも説明がありました。
(説明文の抜粋なので、カタイ表現ですみません…)


このように、工夫された建物や気配りされた設備があったのですが、S病院に関心したのはそれだけではありませんでした。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155843579.html

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家族との時間

どうも、フェニックスです。

TCPC手術にあたり、妻と両親は日にちを決めて、誰かひとりは看病に来てくれていました。
両親は片道2時間以上かかる距離を来てくれ、6~8時間ほど病室に居てくれました。自宅は近かったのですが、妻は病院に来る前にデパ地下やスーパーに寄り、差し入れを買ってきてくれました。


父母とは、こんなに長い時間話したのは久しぶりでした。フェニックスは就職と同時に実家を出て、18年以上経ちます。正月や夏休みなど年に2~3回は実家に帰っているのですが、今回ほどはゆっくり話しをする時間は持てていませんでした。

フェニックスが生まれた時にすぐに酸素保育器に入れられたこと、A病院産婦人科からJ病院小児科を経て、J病院心臓血管外科で診てもらったこと、親の若かりし頃の話、最近の実家近所の話、妹たちや姪の話、いろいろなことを聞くことができました。
以前も聞いたことがある話も多かったですが、中には初めて聞く話もあり、話ができて良かったです。


妻とは、週末は出かけたりしていますが、平日夜は夕食から寝るまでの短い時間しか話をしないことが多いです。フェニックスが、入院中なので自宅近所の今年の桜が見られないという話をすると、写真を撮ってきてくれました。
「家族との時間」の添付画像(1)

「家族との時間」の添付画像(2)


義理の両親や妹も見舞いに来てくれてました。家族と話す時間がたくさん持てたことは、入院で良かったことの1つでした。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155460192.html

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仕事で得たことが入院生活やリハビリでも役立つ

どうも、フェニックスです。

前回までは、TCPC手術の入院前・入院中・退院について書きました。
今回からは、入院中に考えたこと、気づいたことについて思います。

まずは、「仕事で身につけたことが、入院生活やリハビリにも役立つ」という話です。

◇スケジュール管理
仕事では、スケジュール管理が大切です。P.F.ドラッカーも「成果を上げるものは、時間からスタートする」と言っています。

入院生活やリハビリも同じだと思いました。
まずは計画立てが大切です。病院では、さまざまなスタッフの方がお世話をしてくれますが、必ずしも患者の一日について誰かが把握しているというわけではありません。もちろん、検査や服薬、食事の時間が決まっているのですが、シャワーや風呂の時間、リハビリの時間は自分から希望できます。また、病室の掃除やシーツ交換で、談話室にいた方がいい時間もあります。

手術後しばらくは、何か1つをやっては休み、そして次に何か1つをやる…というペースで動いた方がいいです。連続して何かを経てづつけにやってしまうと、息切れや動悸がして、自分が苦しくなります。

そのために、フェニックスは前の晩に、翌日のスケジュールを立てていました。


◇PDCS(Plan-Do-Check-Action)
フェニックスが入社して最初に教わったのは、PDCSでした。Plan(計画して)、Do(実行して)、Check(振り返って)、Action(次の行動に生かす)という、仕事の基本です。

特にリハビリでは、例えば「今日は800メートルリハビリ散歩して、心臓の疲れ具合はまあまあだから、明日は1,000メートル歩いてみよう」のように、自分の心臓や身体の状態は、常に意識していました。


◇step by step(一歩一歩確実に) または sequence(シークエンス:連続・順序)
前の上司は、組織変革や業務プロセス、成果物の改善にあたって、"step by step"とよくおっしゃっていました。
また社長は、sequence(シークエンス)という言葉を使われます。sequenceは、マクドナルド改革の時の図を例に、基本ができないと次の改革にも進めないということを認識しようという話です。
この図、お正月の鏡餅を連想し、個人的には鏡餅図と呼んでいるのですが…
「仕事で得たことが入院生活やリハビリでも役立つ」の添付画像(1)

「仕事で得たことが入院生活やリハビリでも役立つ」の添付画像(2)


回復・リハビリも同じで、一歩ずつ順を追って良くなっていくしかないです。本当に、焦りは禁物です。

前の上司から、"patience(ペイシェンス:忍耐・辛抱強さ"を身に着けるようにもフィードバックをもらったことがあるのですが、患者(patient ペイシェント)だけに、それが身に染みて実感しまいた。


それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155449141.html

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リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き3)

どうも、フェニックスです。

経過が順調だったこともあり、手術後20日目に担当医から「退院」という言葉をいただきました。当初の入院計画では、約4週間と書かれていたので、ほぼ予定通りに回復してきたのだと思います。

退院に向けて、やることは大きく2つありました。
1つ目は、入院中にできる各種検査。2つ目は、持ち物を家に持ち帰ることです。

各種検査は、具体的には、ホルター心電図(24時間心電図)、レントゲン、心電図、エコー(超音波)などです。

ホルター心電図は、何度かやったことがあるのですが、やはりうっとうしいです。それは仕方ないとしても、行動記録も書かなくてはいけません。特に小便の時には、ホルター記録用紙に何時にトイレに行ったかを書き、水分量の記録紙にどれくらいの量が出たかを書かなくてはいけません…
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き3)」の添付画像(1)

ホルター心電図を付けながら、リハビリ(自転車漕ぎや階段、病棟散歩)もやってみたのですが、時折胸を指すような痛みがあり、マーキングすることができました。後日、外来でホルター心電図の解析結果を見せてもらったのですが、心室性の期外収縮と関係がありそうでした。

エコーは、担当医も診てくれましたが、それに加え、臨床検査技師の方も精緻に確認してくれました。生まれつき心臓病だった上に3度も手術をしているので、心臓の部屋の構造や狭窄、血液の流れが特有だったこともあり、1時間弱、臨床検査技師の方がしっかりとエコーをとって下さいました。


持ち物を持ち帰るというのは、前に書いたように、枕や椅子のクッション、着替え、シャンプー・ボディソープ・洗濯洗剤、買った雑誌・新聞や、お見舞いでもらったり持ってきた本があり、それを妻に順次持ち帰ってもらいました。

ただ、売店で宅急便を扱っていることも分かり、最終的には病院から自宅に荷物を発送しました。(箱は売店のスタッフの方が、親切にも中身の商品を出して段ボールを明けて下さり、分けていただくことができました)
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き3)」の添付画像(2)


各種検査結果も良く、リハビリも順調に進み、TCPC手術をしてから28日目(入院してから30日目)に、無事退院することができました。

退院日は、担当医の責任者にあたる先生からの説明と、管理栄養士からの栄養指導を、妻と一緒に聞きました。
先生からの説明は丁寧に説明してくださり、TCPC手術を改めて振り返ることができ、細部について判らない点も教えていただきました。
管理栄養士の方からは、特に塩分を抑えた食事について教えていただきました。

退院時の処方薬も受け取り、会計も終わらせ、いよいよ退院です。お世話になった方々に挨拶をしつつ病棟を発ち、1ヶ月ぶりに病院の外にでました。眩しかったです。

タクシーで自宅に戻ったのですが、それだけで疲れを感じました。病院内は白やクリーム色などが多いですが、自宅はカラフルです。
夕食は、出前のお寿司で妻とお祝いしました。
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き3)」の添付画像(3)


入院中に感じたことや考えたことがいくつかあります。今までの記事には書き切れない部分もありましたので、次回以降は、それらについて書いていきたいと思います。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155438103.html

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リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き2)

どうも、フェニックスです。

回復・リハビリのフェーズ4でのリハビリは、ちょっとしたものを持つことができませんでした。
たとえば食器の下膳ですが、朝食の食器を、部屋か配食ワゴンへの数メートルを運ぶだけで、息が切れて苦しくなってしまいまいた。

朝食の食器は、次第に下膳できるようになりましたが、昼食や夕食の食器はさらにお皿の数も多いために、看護助手の方や家族に片付けてもらいました。(S病院では、基本的には食事の配食も下膳も、スタッフの方がやってくれます)

〔写真〕朝食の食器。これが、なかなか持てませんでした。
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き2)」の添付画像(1)

また、手術の際に胸も骨も切り、骨が付くまでには3ヶ月かかることから、無理して重いものを持たないように、理学療法士の方からアドバイスをいただきました。腕のリハビリは、手術後3ヶ月後から、腕を回したり、ペットボトルに水を入れて持ち上げたりすることを始めるのが良いそうです。


リハビリの難関は、階段でした。
以前お話ししたMETs(酸素摂取量)だと、
・階段を下る: 3~5METs
・階段をゆっくり上る: 5~7METs
・階段を上る: 7~9METs
だそうです。
心臓にとっては、階段の上りは結構な負荷になるらしいです。

リハビリでは、まずは階段を18段下り、少し呼吸を整えて、18段上りました。病院の階段は9段ごとに踊り場があったので、上りは9段上がっては休んで、また次に進みます。
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き2)」の添付画像(2)

階段リハビリの初日は、結構辛かったです。
心臓もいっぱいいっぱいでで、息切れしましたし、足の筋力の衰えも感じました。入院前にあった足の筋力の貯金も、数週間の病院生活では使い果たしてしまった感じです。


さて、次回は退院に向けての準備について書きたいと思います。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155402300.html

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リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き1)

どうも、フェニックスです。

手術後もそれ程食欲は落ちなかったのですが、リハビリ室でのリハビリが始まると、さらに食欲が出てきました。
妻が見舞いに来てくれた週末には、昼食は病院食のおかずのみ食べた後、病院の一階レストランに定食を食べに行きました。特に、白身魚の黒酢あんかけは美味しかったです!

「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き1)」の添付画像(1)

食べるスピードも、次第に手術前に戻ってきました。咀嚼を何度もしなくても、食事が喉を通りやすくなりました。


担当医は、毎日病室にいらっしゃり、様子を見ていただいたり質問に答えてくださいました。
例えば、エコー検査は順調なこと。サチュレーション(酸素飽和度)が低いのは、TCPC手術をすると術前よりも貧血気味になること、そのために鉄剤はしばらく飲み続けること、レントゲン結果で胸水が溜まっていないので利尿剤は徐々に減らしていくこと、などです。
先生の丁寧なご説明に、自分の心臓・身体の状況がよく分かり、安心できました。


リハビリは、リハビリ室の自転車漕ぎに加え、病棟散歩リハビリも続けていました。1,000メートル(1km)×2回まで距離を延ばすことができ、スピードもだんだんあがっていきました。この時になると、サタデーナイトフィーバーのビージーズ(Bee Gees)「ステイン・アライヴ (Stayin' Alive)をiPodで聞いてノリながら、散歩リハビリをしていました。
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き1)」の添付画像(2)


〔写真〕1,000メートルを歩くときは、iPhoneで時間を測っていました。17分以上かかっていたのが、14分半以下で歩けるようになりました。
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き1)」の添付画像(3)
           ↓
「リハビリ室でのリハビリから退院まで(続き1)」の添付画像(4)


次回も、この時期の話をもう少し続けたいと思います。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155393358.html

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リハビリ室でのリハビリから退院まで

どうも、フェニックスです。
多くの方に、このブログを読んでいただいているようで、ありがとうございます!励みになります。

さて今日は、リハビリ室でのリハビリについて書きたいと思います。回復・リハビリのフェーズ4の時期です。


S病院では、一階にリハビリ室(心臓リハビリテーション・ルーム)がありました。ジムのような雰囲気で、ウォーキングマシーン、サイクリングマシーン(自転車漕ぎ)、前方一面が鏡のスタジオなどがありました。リハビリ室は、入院感謝だけでなく、外来の患者も利用できます。

特に高齢者の成人性心臓の手術では、手術自体は成功しても、その後足の筋力の衰えで寝たきりにならないように、早期のリハビリにかなり力を入れている印象です。

「リハビリ室でのリハビリから退院まで」の添付画像(1)


フェニックスは、サイクリングマシーン(自転車漕ぎ)を使ってリハビリをしました。ペダルの重さは下から2番目の軽さで、時速50km~60kmで漕ぐのが、心臓への負荷が一番少ないそうです。初日は、自転車漕ぎを5分行い、少し休んで息を整えて、さらに5分やりました。
リハビリの前後で、理学療法士の方が血圧やサチュレーション(酸素飽和度)を測ってくれ、心臓に負荷がかかり過ぎていないかを確認してくれます。

自転車漕ぎも、次第に5分+10分、10分+10分…と増えていきました。同じプログラムでも、1回目は息切れを感じるのですが、2回目はそれほど息切れをせず、回復が前進するのが実感できます。
また、同じ時間自転車を漕いでも、その日の夕方に、身体を拭くだけ→シャワーに入る→風呂に入るなど、他に心臓に負担になることを少しずつ増やしたりしました。


一階リハビリ室に行けるタイミングで、院内歩行可の許可がでました。それまでは、四階病棟歩行のみだったので一階売店への買い物は家族に頼んでいましたが、自分で売店に行けるようになったのは気分も晴れ、便利にもなり、嬉しかったです。

手術後に初めて行った売店では、プレジデント・東洋経済・新聞を買いました。今となっては「記念品」です!!

「リハビリ室でのリハビリから退院まで」の添付画像(2)


続きは、また次回の記事で書きます。
それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155386725.html

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