フェニックスの日記(まとめて一括表示 / 6ページ目) - 『闘病ログ』 ~ 病気に関するブログ集めました ~

5ヶ月前に更新 / 68件
フェニックスの日記

「フェニックスの日記」のカバー画像

年齢 / 性別

42歳 / 男性

闘病期間

0歳~

病名

両大血管右室始起症
肺動脈狭窄
大血管転位
発作性上室性頻拍
心房粗細動
洞機能不全症群
蛋白漏出性胃腸症

ブログの説明

成人先天性心疾患(両大血管右室起始)で、不惑の歳にフォンタン手術・TCPCコンバージョンを受けたフェニックスの日記です。

ブログのURL

http://ameblo.jp/fenix1976

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病棟でのリハビリ(続き2)

どうも、フェニックスです。

今回も、病棟でのリハビリ(回復・リハビリのフェーズ3)の続きを書きます。


手術後15日目午後には、病院の電気定期検査のために予定停電がありました。病院なので、医療機器はバックアップの自己発電でまかなっていたのですが、電灯はもちろん、エアコンも止まってしまったのは、少し辛かったです。

心臓が弱いと、ちょっとした気温や気圧の変化でもダメージを受けやすいです。健康な方は、全然気にしないようなことにも敏感になります。
例えば、初夏に一気に高気圧になる日、台風などで急に低気圧になる日、台風一過で気圧が戻る日などは、期外収縮(不整脈の一種)が出やすく、体調が思わしくありません。

手術後は個室のエアコンでこまめに温度調整していたのですが、予定停電の日の午後はエアコンが使えませんでした。しかし、個室の窓や扉を開けたり意識して水分を取ったりして、何とか体調を崩さずに乗り越えました。振り返ると、これもリハビリの1つになり、自信にもなりました。

一方で予定停電だったから良かったものの、3.11東日本大震災や熊本地震での患者さんを改めて想像すると、天災時・緊急時の病院は本当に大変だと思います。


回復・リハビリのフェーズ3の後半には回復も進み、友人が見舞いに来てくれ楽しく話をしたり、酸素マスクが外れたりしました。シャワーも、それまでは中腰でも座れる高めの椅子だったのが、自宅にあるような低い椅子に座っても入れるようになりました。

集中力も続くようになり、ゲーム「二角取り」も最後までやり切れるようになりました。
「病棟でのリハビリ(続き2)」の添付画像(1)


また、足のむくみはほぼ無くなりました。利尿剤が効いたことに加え、食事も塩分制限は気を付けました。過去に、タンパク漏出性胃腸症で、5kg位むくんだ経験も生きました。

〔写真〕どうしてもスナック菓子を口にしたく、塩分の比較的少ない「じゃがりこ」を数本食べました。
「病棟でのリハビリ(続き2)」の添付画像(2)


とはいえ、ちょっと無理をすると息苦しくなることもあり、そのような時は体温調整がうまくいかず、急に寒く感じることも多かったです。咳が出続けるのが、酸欠気味ののアラームのような気がします。
担当医からは、今は大丈夫だが、リハビリを進める途中で動悸が頻繁に起きると肺に水が溜まるケースもあるので、引き続き定期的にレントゲンを確認していくという話もありました。

〔写真〕炭酸もどうしても飲みたくなったのですが、オロナミンCを一口飲んだだけで充分でした。炭酸は二酸化炭素が溶け込んでいるので、サチュレーション(酸素飽和度)が低い時には飲むものではありません!!
「病棟でのリハビリ(続き2)」の添付画像(3)


〔写真〕妻と相談して、病院でも定時バイタル確認(体温や血圧などの身体の基礎情報)の時に使っているようなパルスオキシメーター(サチュレーションを指先で測れる機器)をAmazonで見つけ、買いました。一万円くらいだったので、お買い得でした。
正常な動脈血のサチュレーションは97%以上らしいので、93%はやはり低めです…
「病棟でのリハビリ(続き2)」の添付画像(4)


病棟を歩くリハビリは、400メートル×1回+600メートル×2回(計1.4km/日)まで距離を延ばせました。こうして、リハビリ室でのリハビリに、また一歩進んでいきます。


それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155178126.html

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病棟でのリハビリ(続き1)

どうも、フェニックスです。

前回は、病棟でのリハビリの初日だけで記事が終わってしまいました。今回は、もう少し話を進めようと思います。

リハビリは、日々少しずつ前進していきました。リハビリ初日は200メートル×1回だったのが、次の日以降は200メートル×3回、400メートル×1回+シャワー、400メートル×3回…と、距離・回数ともに少しずつ増えていきました。ただし、歩くスピードはゆっくりで、手術前に歩いていたの半分くらいの速さでした。

好きな音楽に合わせると歩くスピードが調整しやすいです。フェニックスは、ドラマ「白い巨塔(田宮二郎版)」が好きだったので、そのオープニングの音楽を頭で流しながら歩いていました。病棟を歩くのが白い巨塔のテーマミュージックというのは合っているようですが、S病院では昔ながらの「教授の総回診」は、今は実際にはありませんでした。
「病棟でのリハビリ(続き1)」の添付画像(1)


咳は、相変わらず出ました。担当医にそのことを伝えたら、薬の副作用の可能性もあるということで、同じ効果の別な薬に替えてくれました。それ以降は、咳は少しずつ減っていきました。


この時期は、寝つけなかったり、熟睡できなかったりした日が多かったです。心臓や血液循環はまだまだ回復途上なものの、身体(筋力)は疲れていないため、余計なことを考えて寝付けないこともありました。また、近くの部屋のおじいさんが、夜中にもナースコールを押すなどで、部屋の外の物音が気になったこともあります。


サチュレーション(酸素飽和度)は、まだ低めでした。血中の酸素が少ないと、日常の動作1つ1つで、無意識的にいかに酸素を使っているかがを実感します。
たとえば、食事をするとき(料理を飲み込むとき)、話をするとき、歩くとき、すべて酸素が必要になります。食事は、はじめは少しずつ口に含み、何度も咀嚼して飲み込みました。お年寄りと同じような状態です。

会話をしながら食事をすることもはじめは辛く、食事中は家族に「申し訳ないが食事中はあまり会話ができない」と話をしました。しかし、徐々に会話しながら食事ができるようにもなっていきます。
また、妻と話していて大爆笑したことがあったのですが、すごく楽しかった反面、傷も痛く、少し息苦しくなってしまいました。

酸欠気味になると自然とヒクヒクし、軽い痙攣状態になります。酸素マスクがついていたこともあり、そのような時は大きく腹式呼吸をして身体に酸素を取り込み、息を整えるようにしました。


次回の記事でも、病棟でのリハビリ(回復・リハビリのフェーズ3)の話をもう少し続けたいと思います。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155169992.html

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病棟でのリハビリ

どうも、フェニックスです。

手術12日目から、リハビリが始まりました。回復・リハビリのフェーズ3に突入です。


四階病室に戻ってきた時に大学の時の親友にもらったメールで、「手術までは医者の頑張り、これからは君の頑張りだね。」と激励をもらいました。実際には、医師・看護師・看護助手はじめ多くの方に看護いただいているのですが、リハビリ開始からは自分でも頑張れる範囲も広がっていきます。

リハビリの初日は、200メートルを歩くことでした。たった200メートルと思い、普通に歩くくらいのスピードで歩いたら、理学療法士の方から、もっとゆっくり歩くようにアドバイスいただきました。

理学療法でMETs(メッツ・酸素摂取量)という単位があるらしく、
METs1~2:かなりゆっくり歩く(1.6km/h)
METs2~3:ゆったりした平地歩行(3.2km/h)
METs3~4:少し速く歩く(4.8km/h)とのことで、
はじめはゆっくり歩きながらも距離を伸ばすことを優先した方がいいと言われました。

ちなみに、不動産の広告表示で使われる分速80メートルは、時速にすると4.8km/hで「少し速く歩く」に当てはまります。

200メートルを歩いた後は、血圧は若干上がりましたが許容内(リハビリ前後の比較で±10以下)でした。


その日は、夕方17時から、手術後初めてシャワーに入りました。胸の傷口は抜糸前だったため、ガーゼの上から防水テープで覆ってもらったのですが、シャワー後にはガーゼが濡れてしまい、すぐに消毒・ガーゼ交換をしてもらいました。
18時からは夕食です。妻が、デパ地下で買ったおこわご飯を差し入れしてくれました。

こうして、昼間の初リハビリに加え、シャワー・ガーゼ交換・夕食とバタバタ続いたせいもあってか、19時前からは息苦しくなり、1時半弱、ベッドで横にならざるを得ない状態でした。
自覚症状としては、心臓の脈が強く打ち、横になっていても自分の心臓が動いているのを感じます。また、血流も強く感じ、背中を血液が流れるのも感じました。指先まで脈が打っているのが分かる状態です。

ともかく、この時は苦しかったです。

TCPC後は、例えるなら、赤ちゃんの心臓で大人の大きさの身体に血を送っている状態だと考えています。体力に心肺機能がついていきません。

これに懲りて、それ以降のリハビリは慎重に、少しずつ進めるようにしました。


それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155159261.html

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四階病棟の病室に戻って(続き2)

どうも、フェニックスです。
回復・リハビリのフェーズ2の時期の最後です。

フェーズ〇というのは、4/26記事「回復・リハビリは、4つのフェーズの感覚」を参考にしてください。
http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154203936.html


ICUから四階病棟の病室に戻ってからしばらくの間は、集中力がありません。
事前に、地元の図書館で借りてきた本も読み切れず、妻に返却してもらいました。


落語もYouTubeで見たのですが、長編を聞くと集中力は続きません。志ん朝師匠の「二番煎じ」はとても面白かったのですが、約45分の大作で登場人物も多いので、後半は誰がどんな人か、こんがらがってしまいました…
「四階病棟の病室に戻って(続き2)」の添付画像(1)


食べ物も、あれほど好きなチョコレートも身体が受け付けませんでした。
〔写真〕下は実家近くの洋菓子屋のお菓子。僕の大好物です!
「四階病棟の病室に戻って(続き2)」の添付画像(2)

「四階病棟の病室に戻って(続き2)」の添付画像(3)

栄養になるものや、さっぱりしたものが食べやすかったです。
バナナ・ヨーグルト・ウィダーイン(プロテイン味)・豆乳・ゼリーなどを買ってきてもらい、冷蔵庫に常備していました。ただ、小さな冷蔵庫だったので、少しずつ買ってきてもらわないと、すぐ一杯になってしまいました。
「四階病棟の病室に戻って(続き2)」の添付画像(4)

「四階病棟の病室に戻って(続き2)」の添付画像(5)

お菓子では、「えびせんべい」は軽くて食べやすかったです。
「四階病棟の病室に戻って(続き2)」の添付画像(6)

入院患者へのお見舞いの手土産は、食事制限や患者の体調によりますが、軽めのお菓子がいい場合もあります。また、賞味期限は長い方が助かります。ご参考いたければと思います。


さて、手術後12日目からは理学療法士の方の指導で、リハビリが始まりました。
次回からは、この話を書きたいと思います。


それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12155141625.html

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四階病棟の病室に戻って(続き1)

どうも、フェニックスです。
昨日はブログ更新ができずすみませんでした。自分のペースで、少しずつ書き進めたいと思います。

今日は、前回記事の続きから書きます。回復・リハビリのフェーズ2の時期の話です。

この時期には、友人や会社の方とメールもできました。iPhoneの音声入力は、小声でもゆっくり話すと認識率は高く、便利でした。


一方で、ずっとベッドに横になっているために、背中や腰が痛くなりました。これは辛かったです。その影響もあってか、あまり熟睡できない日が多かったです。消灯が21時~22時と早かったことや、夜中も明るかったり、部屋の外の物音や声が聞こえてきたせいもあるかもしれません。
導眠剤のマイスリーは毎晩もらっていましたが、寝付けない日はナースコールを押して追加でもマイスリーをもらいました。それでも、明け方3時~4時に目が覚める日が多かったです。


メスを入れた心臓にはまだ負担が高いようで、じっとりした汗をかきました。また服用薬の調整中のために、血圧も高めでした。


手術後は水分制限がありました。はじめは一日1000ml(1L)。それが1500mlになり、手術後9日目には水分制限はなくなりました。ただし、飲んだ水分と尿の量は、退院まで記録し続けました。

体内の水分バランスと、むくみを見ながら、主治医が利尿剤を調整してくれるためです。ただ、夕食後に利尿剤を飲んだ時は、夜中にトイレに目が覚める回数が多く、あまり熟睡できなかったのが正直なところです。担当医の先生に話をしたら、ある程度むくみが落ち着いてきた段階で、夕食後の利尿剤はなくなりました。

〔写真〕水分量は、都度手書きでメモしました。
「四階病棟の病室に戻って(続き1)」の添付画像(1)

〔写真〕尿は、軽量カップを使って測ります。管理のためには仕方ありませんが、ちょっと面倒です。看護助手さんが、一日に2度ほど新しいものに交換してくれるのですが、最後の方は「尿カップ」が競馬の競争名か、どこかの地名のように聞こえてきました(笑)
「四階病棟の病室に戻って(続き1)」の添付画像(2)


このころは、少し動くと動悸がでやすくなりました。前に書いたようにドレーン(管)が抜けたために、動ける範囲が少しずつ広がったせいもあるかもしれません。ただ、家族とも長めの時間(1時間ほど)話続けると、疲れて息切れが始まる状態でした。
担当医に伺ったら、この時期は体内水分出すことが優先なので、比較的脱水に近い状態になっており、それも動悸の一因と説明いただきました。


手術後11日目には、担当医がエコー(超音波)を見て下さり、人工血管内の血液の流れも含めて、順調と言われ、安心しました。


回復・リハビリのフェーズ2の時期の話は、もう少し続きます。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154587020.html

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四階病棟の病室に戻って

どうも。フェニックスです。

前に書いた通り、手術後4日目にICUから四階病棟の個室に移動できました。もちろん、ベッドごと運ばれるのですが、あまり記憶はありません。

ICUでは、痛み止めの麻酔(医療用の麻薬)が使われていたせいか、ベッドの横からモニョモニョ気持ち悪いものが出てきた夢(幻覚?)まで見てしまいましたが、病棟に戻ると気分的にも、だいぶすっきりしました。


固形食も食べられるようになり、妻が持ってきてくれた、まい泉のヒレカツサンドは美味しかったです!カツは重いので、一口しか食べられませんでしたが、最高の味でした。
ちなみに、事前にT先生から「手術後は、なんでも食べて大丈夫です」と言われていました。塩分は自制していましたが、糖尿などでの食事制限がないのは幸いでした。
その後も家族がおかずの差し入れを持ってきてくれたおかげもあり、手術後には食欲もありました。

大腸も動き出したようで、大便も出るようになりました。点滴棒付でしたがトイレに行けるようになっていて、良かったです。


一方、胸の傷や切った骨は痛み、鎮痛剤が効いているうちはいいのですが、薬が切れるとむせ込み、苦しかったです。そのような時はナースコールをおして、鎮痛剤を追加してもらいました。

ドレーン(管)から出ている血は多いらしく、二度ほど輸血をしました。手術中も輸血をしたらしいのですが、追加での輸血です。また、尿の出があまり良くなく、結構むくんでいました。パンパンに張った足(足の甲やスネ)は痛いくらいでした。

また、サチュレーション(酸素飽和度)も低く、酸素マスクはつけている状態でした。


手術後の経過は、小さな山谷を繰り返しながらも、概ね順調に回復していきました。手術後6日には尿道の管が取れ、7日目には3本刺してあったドレーンが2本抜けました。手術後9日後には、最後のドレーンも抜けました。
すべてのドレーンが抜けるとは、身体への負担も減り、点滴がありつつも動きやすく、かなり楽に感じました。


少し長くなってしまったので、続きはまた次回書きます。
それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154582819.html

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個室のメリット

どうも。フェニックスです。

前回書いたように、ICU(集中治療室)から四階病棟の病室に戻る時は、個室を希望しました。
個室は決して安くはありません。一泊がシティホテルかそれ以上の個人負担となります。保険適用外です。

ただし、それを上回るメリットがあると思い、個室を利用しました。フェニックスが思ったメリットを書いてみます。

〔写真〕個室全体はこんな感じです。
「個室のメリット」の添付画像(1)

「個室のメリット」の添付画像(2)


◇気遣いが少なく、比較的静か
 四人部屋だと、カーテン一枚で区切られているだけなので、どうしても気遣いが必要です。また、他の患者さんへの医師や看護師の出入りなどの声も聞こえます。患者さんの物音も聞こえてきます。これらは、健康な状態だったら我慢すべきことかもしれませんが、手術直後のダメージが大きかったフェニックスにとっては、少しでもストレスは減らしたかったです。

〔写真〕iPad(YouTubeやGAO!)、iPodスピーカーを小さい音で使っていました。
「個室のメリット」の添付画像(3)


◇消灯時間がある程度融通が効く
 四人部屋だと、定時の消灯時間(21時)には部屋の電気は消されます。その後、各ベッドの上にあるライトはつけることができますが、あまり明るくはないです。また、自分のライトを消しても、他の患者さんがライトやテレビをつけていると、眩しく感じます。
 個室であれば、ある程度消灯時間は融通が効くので、21時半や22時くらいまでは、部屋の電気を点けていました。


◇トイレや洗面所が近くにある
 個室にはトイレ・洗面所が付いていました。手術後は少し歩くのにも精いっぱいな上に、点滴棒を転がしながら移動する必要もあります。四人部屋では、トイレや洗面所は共用のため、自分のベッドからトイレ・洗面所までの距離があったので、少しでも、トイレや洗面所が近くにあることが、手術後は助かりました。

〔写真〕トイレと洗面所は、こんな感じです。
「個室のメリット」の添付画像(4)

〔写真〕点滴器2台と、ドレーン(管)での血液排出管理器が付いた点滴棒。点滴やドレーンが身体から出ているのですが、この棒を引っ張りながらトイレに行きます。
「個室のメリット」の添付画像(5)


◇部屋のエアコンを、好きなタイミングで自由に調整できる
 手術後は、急に暑くなったり寒く感じたりしました。体温調整機能も低下しているのだと思います。食べると暑く感じ、疲れると寒く感じることが多かったです。その時に、部屋のエアコンを自由に温度設定できたのは助かりました。

〔写真〕エアコンは、0.5℃単位で微調整できました。
「個室のメリット」の添付画像(6)


◇面会の家族とゆっくりできる
 妻と父・母が交代で、面会に来てくれました。基本的には、看護師や看護助手(ヘルパー)の皆さまが看病をしてくれますが、シャワー・風呂に入る時の手助け、洗濯・乾燥などは、家族の助けが必要でした。また、手術直後は話す時間が多いことで、声を出すことがリハビリにもなります。
 長い時間面会してくれたこともあり、個室で家族とゆっくりできたのも良かったです。

〔写真〕個室出入口の外側。矢印のマグネットは赤色・黄色・白色があり、重症度を表していると思います。
「個室のメリット」の添付画像(7)


これらは、本当に個人的な意見ですが、少しでもご参考になれば嬉しいです。
それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154435772.html

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ICU(集中治療室)

どうも。フェニックスです。

このブログを読んでくださる方が少しずつ増えているようで、嬉しいです。ありがとうございます。


さて今日から、回復・リハビリについて書こうと思います。
まずは手術直後のICU(集中治療室)です。4つのフェーズのうちのフェーズ1です。


手術直後は、二階手術室横にあるICUで管理されます。家族の面会も制限されます。


手術当日は、手術が終わったあとに、妻と両親がICUに来てくれたとのことです。もちろん、フェニックスは麻酔が効いているので記憶がありません。その後家族は1時間ほど待機して、何もないことを確認して病院を出たそうです。


手術の翌日は、朝9時から家族の面会でした。この時も、フェニックスは全く記憶がありません。後から妻に聞いたところでは、家族の呼び掛けに眉毛を動かして反応はしたそうです。また、気管に呼吸器の管が入っていまいたが、自発呼吸が多いと医師から説明いただいたとのことです。


手術翌々日、朝早くに気管に入れた呼吸器の管を抜かれました。すごく苦しくて、もがいた記憶がかすかにあります。ただ、事前に体動制限の同意書にサインもしており、手足は縛られていました。
一方で、呼吸器の管を抜かれたことで目覚め、手術前にT先生から「麻酔が切れて目覚めたら、手術は成功したと思ってください」と言われたことを思い出し、「手術は無事成功したんだな。よかった。」と頭に浮かびました。

この日の朝9時には妻と父が面会に来てくれましたが、その時はベッドに傾斜をつけることで上半身は起き上がっており、父が驚いていまいた。フェニックスも、家族が来てくれたことや会話をしたこと、握手をしたことははっきり覚えています。


結局、手術してから4日後に四階病棟の病室に戻りました。医師からは、もう一日早くても大丈夫と判断されましたが、希望した個室を調整していただく関係で4日後になりました。


このように、ICUの記憶はあまりないのですが、呼吸器の管を抜いた後にウィダーインを甘くしたゼリーを飲んだことや、ベッドから落としても自己責任と看護師と約束した上でiPodを妻が持ってきてくれ、ゆったりした音楽を聴いていたことは覚えています。

こうして、手術直後にはフェニックスが知る限りでは大きなトラブルなく、四階の個室に戻ることができました。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154426919.html

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回復・リハビリは、4つのフェーズの感覚

どうも。フェニックスです。

今日はたくさんの記事ですみません。もうすぐGWなので、お時間がある時に読んでいただければ嬉しいです。

TCPC手術を終え、ここからは回復・リハビリの話をしたいと思います。

回復は、心肺機能の回復と、筋力(とくに足)の回復がありました。個人的な感覚でグラフを作ってみました。医師や理学療法士など専門家に相談したわけではないので、誤りもあるかもしれません。(手書きのグラフで、見づらくてすみません)
赤グラフが心肺機能、青グラフが筋力を表しています。

「回復・リハビリは、4つのフェーズの感覚」の添付画像(1)


回復・リハビリは、退院までに4つのフェーズ(4段階)があるという感覚です。

フェーズ1は、手術直後のICUでの管理。病棟の病室に戻るまでの期間です。

フェーズ2は、病室に戻ってからリハビリ開始まで。

フェーズ3は、心肺機能もある程度回復し、リハビリも本格化して足が少し筋肉痛気味になるまで。

フェーズ4は、退院に向けての回復・リハビリの時期です。

退院後の自宅療養・仕事復帰はフェーズ5以降になります。


次回以降、フェーズ1から順に書いていこうと思います。

それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154203936.html

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TCPC手術当日

どうも。フェニックスです。
今回は、手術日当日の話です。

手術日前夜から当日は、自分ではそれ程緊張しているつもりはありませんでしたが、緊張が無かったといえばウソになるかもしれません。

前日21:00の消灯時に入眠剤と下剤を飲み、眠ってしまいました。当日は夜中の午前2:00に目が覚めてしまい、眠れず、起きてしまいました。睡眠時間は5時間で、仕事をしている時はそれくらいの睡眠時間だったこともあり、少なすぎることはないのですが…。

手術後は数日ICUにいるため、病室の荷物はまとめて、いったんナースステーションに預けることになっていました。2:00に起きた後、周りに迷惑にならないようにガサゴソと荷物をまとめたり、音楽を聴いたりしていました。

午前6:00が病院の起床時間。7:00頃に軽い安定剤を飲んだら、ボーっとしてきました。8:00には妻と両親が病室に来てくれました。荷物の整理や病棟に戻る時は個室希望の話をしつつ、浴衣と下着に着替えました。8:45には病室を出て、手術室に向かいました。

二階にある手術室に入る手前に手術準備室があり、そこで浴衣と下着を脱ぎます(ボーっとした中での記憶ですが)。手術台のようなベッドに横になり、準備室から手術室に向かうのですが、もうそれ以降の記憶がありません。5時間睡眠の後に9時間経っていることと、安定剤が聞いてきたせいか、手術前に最後に記憶があるのは準備室から手術室に向かう廊下の天井でした。

麻酔科医のT先生にせっかく用意いただいた手術室でのベートーヴェンの一節も聞かずに、TCPC手術をしていただくことになります。

手術中、妻と両親は9時間ほど二階家族待ちスペースで待機してもらっていました。
「TCPC手術当日」の添付画像(1)


それでは、また。 引用元のURL: http://ameblo.jp/fenix1976/entry-12154185012.html

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